「エビデンス」の落とし穴
「健康にいい」情報にはランクがあった! 松村むつみ 青春出版社 2021年
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エビデンスという言葉に振り回されている、あるいは拒否反応を示している理学療法士の方にぜひ読んでほしい一冊です
医師であり、ジャーナリストである著者が医療関係ではない方に向けて書かれたわかりやすい内容です。
エビデンスが重要視され始めた時期から、今後変化の要因となる要素への予測まで客観的に書かれており、様々な情報に踊らされない情報への触れ方、また医師などの専門家との付き合い方の提案、幸せに、健康に生きていくためのヒントまで幅広い視点で書かれている書籍でした。
エビデンス嫌いのセラピストやエビデンス至上主義のセラピスト。どちらもエビデンスとEBMの違いをしっかり理解していないから陥ってしまう状態だと感じます。本書に触れることで客観的に情報に、患者さんに、セラピストに関わることができるようになるのではないでしょうか。
堅苦しい内容になりがちなテーマをサラッと読める本なのでお勧めです。
以下私が気になったトピックス
⚫️6段階のエビデンス・ピラミッド(1>6の順で信頼性が高い)
エビデンス=真実とは限らない
「エビデンスあり」は、必ずしもその診断法・治療法が正しいことを意味しない
エビデンスも玉石混合「エビデンスがあるから大丈夫」ではなくて、あくまでエビデンスは、判断する一つの材料として扱うべきものなのです。
どのようなデザインで研究されたのか?が明確になっていないのに、エビデンスがあることを実証されたように謳う健康食品をテレビでも堂々と見かけます・・・。
情報の吟味のために研究のデザインをチェックする必要があります。特に人間以外の動物でのエビデンスはピラミッドの6段階に入っていない信頼性の低いものとされています。
人間を対象にした研究は倫理的に問題があったりしてできないものなので、信頼性の高いもの(ピラミッドの上の方)はそもそも理学療法士の介入対象ではバイアスが多すぎて症例報告レベル(段階5)が多くならざるを得ないと感じます・・・。
⚫️個人的経験や権威のある人のお勧めからEBMへ
アーチー・コクランというイギリスの軍医が1972年に「効果と効力」を出版し、医療においては医師の個人的経験ではなく、信頼性の高いランダム化比較試験(Randomized controlled trial; RCT)にもとづくべきだと主張し、その後の医療に大きな影響を与えました
1992年、アメリカの権威ある医学誌「JAMA」にて、ゴードン・ガイアットとその師のデイビット・サケットらは、直感や個人の経験ではなく、研究から得られたエビデンスを用いた医学研究の必要性を述べています。
シンプルに割と最近であることに驚きました。
⚫️EBMの5つのステップ
ステップ1:疑問の明確化・定式化
ステップ2:情報収集
ステップ3:情報を批判的に吟味する
ステップ4:情報を、個別の患者さんに適用する
ステップ5:振り返り
EBM(根拠に基づいた医療)は、一方的に患者さんに押し付けるものではないと言うことですね。著者の中でも繰り返し表現されていました。
改めてナラティブ・ベースド・メディスン(患者の物語を重視した医療)も含んでいることを忘れてはいけないと感じますね。
⚫️エビデンスと「個別性」の問題
社会的状況も千差万別なら、生物学的にも個々人で多様性があるものです。遺伝子にはまだ働きのよくわかっていないものもあるので、「統計的に結果を出す」ことが不可能なケースも今後多くなるでしょう
「エビデンスのピラミッド」も、現代の医学や将来的に出てくるデータや研究結果のすべてを整理し、説明するものではないのです。
エビデンスのピラミッドや、エビデンスレベルなどの考え方は、今後も修正が行われ新たなものに生まれ変わっていくか、新しい考え方に置き換わっていくことでしょう
遺伝子の解明は進んでも、プロテオミクスやメタボリミクスなどの遺伝子研究よりはるかに複雑なものが残っています。
一人一人の体の中でタンパク質がどのように作用し(プロテオミクス)、どのように代謝されていくのか(メタボリミクス)今後の変化がとても楽しみです。
また、遺伝子だけでなく、環境・人種・習慣などが及ぼす影響もとても大きいと思います。
人には確証バイアスがあるので、著者のように客観的立場であることは簡単にできることではないと思います。どうしても自分のやっていることを絶対化したくなりますから。
⚫️因果関係と相関関係は違う
「◯◯すると△△になる」ようにみえることでも、じつは相関関係(=なんらかの関連性)があるだけで、因果関係(=原因と結果の関係)ではないことがあります。
たとえば「コーヒーをたくさん飲む人は肺がんになりやすい」という調査結果があります。
しかしこれだけではコーヒーが原因で肺がんになるのかどうかはわかりません。同時に、「コーヒーをたくさん飲む人は喫煙本数も多い」「喫煙者は、タバコを吸うために、喫煙可の喫茶店に行き、長居する傾向がある」という事実があれば、どうでしょうか。
「タバコは肺がんの原因になるが、コーヒーと肺がんの関係に、タバコが関連している可能性がある」とも考えられると思います。ここで言う「タバコ」にあたるものは「行絡因子」と呼ばれます。
身体を見る上で因果関係と相関関係がごちゃごちゃになることはよくあると感じます。
例えば【関節可動域や筋力の有無=疼痛の有無】
痛みについての理解を深めるとこれが常にイコールにならないことはわかると思いますが、実際はついついわかりやすいところに飛びついてしまいます(^_^;)
⚫️「健康のために絶対にやったほうがいい」ことは以外に少ない
コレステロール値や血糖値などは、生活習慣改善などである程度改善することもありますが、その人の遺伝的背景など、いわゆる「体質」でどうにもならないこともあります。(中略)
エビデンスはあくまで、人間を大きな集団としてとらえた話が中心であり、人は生物学的にも、環境的にも個々に違っています。
改めて「人をみる」ことの奥深さ・難しさを感じる文章だと感じました。
⚫️情報よりエビデンスより大切なもの
「健康で長生きし、やりたいことをやれる人生」の基本になるのは、何よりも家族を始めとする周囲の人たちとの、医療面で言えば主治医も含めた、信頼関係です。
本書からは著者の愛情、真摯さが伝わってきました。当然のことなんですが、患者さんが主役であり、治療の選択も患者さん次第。
セラピストとして学んだことが押し付けにならないように、何ができるかを考え続けることが大切ですね。
まとめ
「EBMに基づいた医療」という「頭痛が痛い」のようなトートロジーをよくみます。
これはEBMという略語の持つ本来の意味が忘れられていることから起きていると思います。
「EBMを実践する」ために「エビデンスはあるのかないのか」という二元論ではなく、「EBMという態度で考えているか」が重要だと感じます。
特に、
・患者の価値観や状況
・利用可能な最良のエビデンス(たとえ質が高くなくても)
・臨床家の専門性と経験
これらを考えていれば

エビデンスはあるの?
に対して

EBMを優先する態度で考えています
という返答をすれば本質をとらえた返答だと考えることもできるのではないでしょうか?
あなたはどう思われますか?
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